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 ’05年8月25日(木) 小田急原宿会

 向ヶ丘遊園駅南口にある「べんりばこ」にて開催。台風11号が夕方関東を直撃するという予報であったが前からの予定だったので中止にしないで集まった。Kさん、Iさん、Mさん、そして私(横浜移住のKさんは体調不良でまたも欠席)の4人による少数パーティー。
 集合した時は天気予報通りですごい雨になり向ヶ丘遊園駅で小やみになるまで雨宿りしたが、駅の屋根の隙間から落ちる水で足下は水浸しになった。会が終わり、帰りは風も出てきて大変だなと思って外に出てみると雨は止み、道を歩いている人は傘をさしていない、風も吹いていない、濡れることなく帰宅した。ラッキーだった。



 ’05年8月14日(日) 歌舞伎座にて『八月納涼歌舞伎』を観劇

 今年も歌舞伎座に「八月納涼歌舞伎を観に行った。「納涼歌舞伎」は3部に分かれている。第3部、「法界坊」を観た。
    扇雀  勘太郎  七之助  亀蔵  源左衛門  市蔵  弥十郎  橋之助  福助

 <あらすじ>
 堕落し切った願人坊主の法界坊(勘三郎)は、永楽屋権左衛門(弥十郎)の娘お組(扇雀)にひと目惚れしますが、お組は手代要助(福助)と恋仲で、もとより法界坊には目もくれません。要助は、実は御家再興を期す吉田家の嫡男松若で、野分姫(七之助)という許嫁のいる身。法界坊は、そんな要助を陥れようとしますが、吉田家の下僕で、道具屋に姿を変えている甚三郎(橋之助)に暴かれ失敗。その腹いせにお組を誘拐しようとしますが、これまた失敗。さらに今度は、野分姫をかどわかそうとしますが、拒否されると『お組との仲にはじゃまだから殺すよう要助に頼まれた』と偽って、野分姫を斬り殺します。しかしその法界坊も、甚三郎の手に掛かって、あっけなく絶命。と思いきや、現世に恨みを残す野分姫と合体霊となって姿を現し、要助実は松若とお組を苦しめる執念深さを見せます。



 ’05年7月21日(木) 帝国劇場劇場にて
                  ミュージカル『モーツァルト』を観賞

 このミュージカルのオリジナル・プロダクションはウィーン劇場協会で、これは日本バージョンである。音楽はロック調であったが歯切れが良くよかった。



 ’05年7月19日(火) 東京厚生年金会館にて
       ブロードウエイミュージカル『プロジューサーズ』を鑑賞


 史上最多受賞記録!トニー賞12部門受賞の21世紀最強ミュージカル遂に来日!! これぞ「キング・オブ・ブロードウェイ」! という謳い文句につられ、ミュージカル「プロジューサーズ」を見に行った。

 あらすじは、運に見放された落ち目の舞台プロデューサー、マックスと、小心者の会計士レオ。二人は互いに手を組んで究極のペテンに挑戦する。それは大コケ間違いなしの駄作をブロードウェイにかけ、多大な出資金を募り、赤字が出たと見せかけて配当金を出さず、集めたお金を懐に…というもの。しかし、皮肉にもショウは大当たり。払いきれない配当金を出資者たちに約束したプロデューサー二人は金を持ち逃げしようとするがマックスは警察に捕まり、レオは肉体美抜群の恋人ウーラと逃げリオで暮らす、がマックスを助けに帰って来る。それまで心からの友人がいなかったペテン師マックスにとっては、レオは初めて友と呼べる仲間になった。うだつのあがらない会計士だったレオは、マックスのおかげで初めてプロジューサーとして仕事に夢を持ち、自分に自信を持つことが出来た。だからミュージカルはやめられないというわけで刑務所内で二人は囚人達とミュージカルを製作する。その功績を称えられ、特赦で早々に釈放された彼らはブロードウェイに復帰する。

 歌唱力ダンスなど抜群でなかなか見応えのあるミュージカルであった。



 ’05年7月5日(火) 東京芸術劇場にてコンサート鑑賞

 アカイヌ王国「アカイヌ山荘」の隣人の次男の奥さん(ピアニスト)が東京ニューシティ管弦楽団と共演するというのでフィンランド旅行の時差ボケと疲れでねむい中池袋の東京芸術劇場へコンサートを聴きに出掛けた。演奏は素晴らしかったがピアノ協奏曲では少しオーケストラが強すぎたようだった。

             プログラム
   ラフマニノフ : ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
   ブルックナー : 交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンティッシュ」
       アンコール曲  ラフマニノフ : プレリュード Op.32 No.5
       指揮: 内藤 彰
           東京ニューシティ管弦楽団
                ピアノ: 稲田 潤子



 ’05年6月15日(水) 山脈関東地区同期会

 山脈会第7期関東地区同期会が、丁度月日が昨年と同じ1年振りに横浜、桜木町駅近くのレストラン「驛(うまや)の食卓」で開かれた。男性13人、女性6人、計19人が集まった。当初は午後、外国人が居住し大正から昭和初期に建てられた西洋館が建ち並ぶ横浜山手地区を散策し、夕方からパーティーという計画であったが、生憎の雨のため散策は中止となった。「驛の食卓」は1階に併設のビール醸造所を持っており、そこで出来た地ビールを「生」のまま出しており、複数の種類を提供するので飲み比べて見ることが出来た。パーティーではそれぞれの近況報告がされたが、健康管理に心がけている人が多かった。小学校の時の初恋から始まった恋(片想い)の遍歴を長々と話し、今は中高年女性にもれず韓流のドラマにどっぷりと浸かり、「ペ」が良いとか「イ」が良いとか言っている人もいた。来年は鎌倉あたりでの再会を誓って散会した。



 ’05年5月28日(土) 日本橋三越本店ギャラリー
                      
生誕110年記念 小倉遊亀展


 近代日本画壇を代表する小倉遊亀。2000年に105歳の生涯を閉じるまで現役を貫いた画家。「明るく、温かく、たのしいもの」「草にも木にも雲にも動物にも通い合う愛の心、生きることの喜びを感じあうすこやかさ」を描きたかったと彼女が言うとうり、絵画の中に人間的なぬくもりと近代感覚があふれている。今回は絵画だけでなく作品のモチーフにもなった陶芸も出品されていた。私の好きな作品の一つである東京芸術大学所蔵の「径」の出品がなかったのが残念だった。



 ’05年5月26日(木) 国立科学博物館 
                   『恐竜博 2005』 恐竜から鳥への進化


 「世界で最も有名な恐竜」と言われているティラノサウルス”スー”が日本初公開されるという宣伝で、春休みの間はチケットを買うのに1時間、入場出来るのに1時間、合計2時間待たなければ入場出来ないほど人気の展覧会というので行って見た。世界10カ国で発見された約80点の化石や標本を、恐竜が鳥へと進化していったという学説をたどるように展示されていた。最大の呼び物はやはり「門外不出」であったアメリカのフィールド博物館からの全長12.8mの世界最大のティラノサウルス”SUE (スー)”の全身複製骨格の展示であった。全身の90%以上の化石が発見され、オークションで約10億円で落札されたことで世界一有名になったと言われている。
 平日のため比較的空いていてゆっくり見学できた。
7月3日に東京会場を終えた後は、
 2005年7月16日(土)〜9月25日(日):愛知県・2005年日本国際博覧会 ささしまサテライト会場
 2005年10月8日(土)〜11月27日(日):大阪府・大阪市立自然史博物館(予定)
 2005年12月23日(金)〜2006年3月31日(金):福岡県・北九州市いのちのたび博物館
で行われる。



 ’05年5月15日(日) 国立劇場にて 
              前進座公演『佐倉義民伝』『権三と助十』を観劇

 前進座公演『佐倉義民伝』と『権三と助十』を観に出掛けた。午後4時頃、地下鉄半蔵門駅で地上に出ると凄い雷が鳴っており、国立劇場に着く前に大粒の雷雨となった。多摩の日野では直径15mmのヒョウが降ったそうで、都心でも直径10mmのヒョウが降った所もあった。、総武線の津田沼駅の近くに落雷があり、信号システムに障害が起きてポイントの切り替えが出来ず午後9時を過ぎても不通になっている。
 『佐倉義民伝』はよく知られいる佐倉宗五郎の物語であるが、今日は門訴から子別れの場面を中心にした公演でった。『権三と助十』は神田の裏長屋に住む駕籠かきの権三と助十。仲が良いのか悪いのか、しょっちゅう喧嘩をし、長屋中は上を下への喧嘩の花。江戸っ子たちをユーモラスに描いた新歌舞伎であった。



 ’05年5月1日(日) 日本橋三越本店ギャラリー
                     生誕100年記念 三岸節子展


 1905年愛知県・起町(現在の一宮市)に生まれ、女子美術学校(現在の女子美大)を首席で卒業。19歳で画家三岸好太郎と結婚、29歳の時好太郎31歳で急逝し、子供3人を抱えながらも画家として生きることを決意する。本物の画家になりたいと、63歳の時フランスに移住し約20年間ヨーロッパ各地の風景画を描く。60歳過ぎてから外国に移住するというのもさりながら、最晩年(94歳)の時に描いた「さいたさいたさくらがさいた」を観るとあのエネルギーはどこから沸いてくるのだろう。勇気づけられる生き方である。



 ’05年5月1日(日) 松屋銀座  50 years with miffy ミッフィー展

 2005年は、ミッフィー(うさこちゃん)が絵本の中に生まれてから、ちょうど50年にあたるということで、ミッフィーの半世紀にわたる創作の秘密と、世界的な広がりを振りかえる展覧会。世界各地で開催される50周年記念事業の一つで数多くの原画やスケッチが公開されていた。ミッフィーの生みの親は、1927年オランダ、ユトレヒト生まれのDick Bruna(ディック・ブルーナ)さん。



 ’05年4月18日(火) 運転免許証更新

 運転免許証更新の知らせがきていた。手続きの期間が以前は誕生日の前1ヶ月以内であったが、今回の知らせを見ると誕生日の前後1ヶ月以内になっている。また更新申請書に添付する写真も必要なく、免許証・更新通知のハガキ・手数料(\2,950)を持参すればよい。更新手続きの場所は優良運転者なので、運転免許試験場・運転免許更新センター・指定警察署・他府県の運転免許センターの内どこでも出来る。6月5日までに更新手続きをすればよいが、風もなく天気が穏やかなので運動がてら徒歩で環状8号線沿いにある成城警察署へ行った。
 更新申請用紙がないのでキョロキョロ探していると受付の婦人警官がハガキと免許証を出して下さいと言う。免許証のコピーを添付した申請用紙を作ってくれる。氏名・住所・生年月日を記入し、裏面の身体についての質問項目にチェックを入れて隣の会計に提出。手数料は2,950円とハガキには書いてあったが2,800円になったと言う。改訂になると今までは値上がりしたものだが今回は値下がりしていた。次は視力の検査である。普段は眼鏡をかけているが、眼鏡をかけて検査をすると免許証に眼鏡をかけることを義務づけることを記載されるので眼鏡をはずして検査した。普通の視力検査では眼鏡がなくても見えるが検査直前に眼鏡をはずしたので思ったようにハッキリ見えない。二重になって見える記号をなんとか見て答える。最後に一番小さい記号が出てきて、しかも明るさを暗くする。暗くて分からないと言うと、これが答えられないと不合格だと言うから適当に輪の下が空いていると言うと合格という。検査官も毎日朝から夕方まで同じ事をしていると退屈なので受験者をからかっている。顔写真の撮影が終わると新しい免許証が出来上がるまでの間、交通法規が変更になった部分の説明と安全運転のビデオを見る。これが優良運転者の講習ということである。受付から新免許証交付までに約30分であった。



 ’05年4月16日(土) 小田急原宿会

 向ヶ丘遊園駅南口にある「べんりばこ」にて開催。Kさん、Iさん、Mさん、Nさん、Fさん、そして私(横浜移住のKさんは体調不良で欠席)の6人による少数パーティー。



 ’05年4月14日(木) 東京国立近代美術館  
                  ゴッホ展 孤高の画家の源風景 


 ゴッホの祖国オランダのファン・ゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館という、世界の二大ゴッホ・コレクションから出品された回顧展で、ゴッホの代表作など約30点と、ミレー、セザンヌ、モネ、ゴーギャンなど関連作家の作品約30点、そして浮世絵や同時代の資料多数を同時に紹介。オランダ、パリ、アルル、サン=レミ、オーヴェール=シュル=オワーズなど、北から南、そしてまた北へと移り住みながら精力的に生み出していった作品群を、ほぼ時代順に、かつテーマごとに展示しあった。



 ’05年4月11日(月) 東京国立博物館 平成館 
                  世界遺産・博物館島 ベルリンの至宝展


 東京国立博物館の休館日を利用して企画された朝日新聞の会員制サービス asPara Club の特別招待日に応募したら抽選に当たったので雨の中上野へ出掛けた。前日までの20度を超える暖かい桜の花見日和とはうって変わった冷たい雨で、3000人招待されていたが中国国宝展のときに比べたら観客が少なくゆっくり鑑賞することができた。「鶴屋吉信」の茶席も収容人数の関係で当日の和菓子と抹茶セットのサービスはないとのことであったが、急きょ販売が行われいたのでいつものように和菓子を食べ抹茶を飲んだ。



 ’05年4月10日(日) Bunkamura オーチャードホール
              Matthew Bourne's “SWAN LAKE” を鑑賞


 1995年の初演以来、ロンドンやニューヨークをはじめ、バレエ作品としては異例の大ヒットを記録し、前回の日本公演では社会現象ともいえるフィーバーを巻き起こした鬼才マシュー・ボーンの出世作「白鳥の湖」が再び日本に飛来ということで見に行った。マシュー・ボーンは従来の古典版では女性ダンサーによった優雅に踊られる白鳥を、男性ダンサーに替えて新しい解釈の「白鳥の湖」を創作した。なかなか面白かった。



 ’05年4月8日(金) 成城の夜桜

 今年の桜は東京では3月31日に開花の予報が、寒さのために遅れ満開は4月7日であった。今年の花見は近場で済ませた。近くには成城の街の桜並木、仙川沿い(特に成城大学と東宝撮影所)、砧公園など桜の美しい場所がある。歩いて5分位の東宝撮影所付近では夜になるとライトアップされた夜桜がきれいです。撮影所には照明機材もあり照明はお手のもの、仙川沿いにものすごい数の照明器具を並べてプロの技術でライトアップします。木に咲いた桜だけでなく、川面に映った桜もきれいでした。
 近くに妙法寺というお寺がありますが、このお寺の境内に大きな枝垂れ桜があり、まわりにはソメイヨシノもあって桜の時期には毎年ライトアップをして夜の境内を開放し夜桜見物をさせてくれます。



 ’05年3月16日(水) 国立西洋美術館 
           「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(光と闇の世界)」展

 17世紀フランスの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593−1652年)は戦乱の打ち続くフランス東部のロレーヌ地方を中心に製作した。作品は戦乱のため多くが失われ、現在まで残る真作はおよそ40点に満たず、他は失われたか模作などを通してのみ知られるのみだそうだ。数少ない新作の中の2点が我が国にある。東京富士美術館蔵の「煙草を吸う男」(1646年)と国立西洋美術館蔵の「聖トマス」(1624年)である。
 闇の中の人物に光を当てて浮かび上がらせる光のもたらす効果の技法で描かれ、特に蝋燭の光の効果を駆使した作品がいくつかあった。



 ’05年2月28日(月) 東京国立博物館 平成館 唐招提寺展

 奈良西の京の唐招提寺金堂の平成大修理を記念して開催された展覧会。金堂と御影堂(みえいどう)の堂内再現を試みていた。金堂再現では、唐招提寺の本尊で、本展が寺外初公開となる国宝・盧舎那仏(るしゃなぶつ)坐像を中心に梵天(ぼんてん)・帝釈天(たいしゃくてん)像と四天王像(いずれも国宝)を配していた。一方、御影堂再現では肖像彫刻の名作・鑑真和上坐像(国宝)と東山魁夷(ひがしやまかいい)の障壁画の全点を展示していた。
 東山魁夷(ひがしやまかいい)の障壁画は出来上がった年にお披露目の展覧会があり一度見ている。今回の展覧会は金堂修理の資金稼ぎというところで、主な展示物は盧舎那仏(るしゃなぶつ)坐像、鑑真和上坐像、東山魁夷(ひがしやまかいい)の障壁画の3点でそれにしては入場料が高い。中高年の女性グループが高い展覧会だと話しながら帰って行った。まぁ、浄財を払ったと思えば腹も立たないだろう。



 ’05年2月16日(水) 東京都美術館 
  
ミュシャ財団秘蔵 『ミュシャ展』 「プラハからパリへ 華麗なるアール・ヌーヴォーの誕生」


 みぞれ混じりの冷たい雨の中上野公園内にある東京都美術館へ出掛けた。アール・ヌーヴォーのチェコの画家ミュシャの展覧会が開催されている。今日第三水曜日はシルヴァーデーで65歳以上は無料である。
 ロンドンのミュシャ財団の全面的な協力をうけて開催された本格的なアルフォンス・ミュシャの展覧会。アルフォンス・ミュシャは1860年にチェコ共和国東部のモラヴィアで生まれ、ミュンヘンやパリで学んだのち1894年に、当時の伝説的な女優サラ・ベルナールのポスター『ジスモンダ』を制作し、一夜にしてパリ中の話題をさらい、一気にスターダムにのし上がった。
 その後、流れるような髪に華やかに着飾った女性や色とりどりの花や植物、ゴージャスな宝石などを散りばめた装飾性豊かなポスター、版画は一世を風靡し、その名声は大西洋を越えてアメリカまで響き渡った。今では、アール・ヌーヴォーは彼の名をとって別名「ミュシャ様式」とも呼ばれている。
 今回は、代表的なポスター、版画はいうまでもなく、これらの下絵となったデッサン、水彩画、あるいは独自に制作した油彩画、彫刻、装飾美術、ミュシャ自身が撮影した写真、さらには祖国の為にデザインした紙幣、切手等あわせて約100点の日本初公開作品を含む240点の作品が展示された。ミュシャの集大成ともいえる大規模な展覧会であった。下のポスターは実際は大きい絵で「ジスモンダ」は、たて216p、横74.2p、「ヒヤシンス姫」は、、たて125.5p、横83.5pである。

                          
  「ジスモンダ」のポスター     「モナコ−モンテカルロ」のポスター       「ヒヤシンス姫」のポスター



 ’05年2月11日(金) 歌舞伎座にて『月大歌舞伎』を観劇 
 
   ぢいさんばあさん
 江戸城の警護などにあたる美濃部伊織とその妻るんは、人も羨むおしどり夫婦だが、伊織が、ケガをしたるんの弟宮重久右衛門に代わって京への単身勤務を命じられ、離ればなれとなってしまう。3ヶ月後、泥酔して絡んできた同輩の下嶋甚右衛門を誤って切ってしまった伊織は、越前大野へ預かりの身となってしまう。それを知ったるんは、筑前へ奥女中奉公に出る。それから37年後、伊織の屋敷を預かっていた久右衛門の息子久弥と妻のきくは、伊織とるんに屋敷を明け渡そうと、37年ぶりに再会する2人を待つ。森鴎外の同名の小説を原作とした新作歌舞伎。鼻に手をやる仕草で、初めて老人がわが夫であることに気づく妻に、夫婦を引き裂いた歳月の無情と、2人の愛の深さが伝わる作品である。
           美濃部伊織 … 仁左右衛門  伊織妻るん … 菊五郎  宮重久右衛門 … 権十郎
           宮重久弥 … 信二郎  久弥妻きく … 市川春猿  戸谷主税 … 亀鶴
           石井之進 … 男女蔵  山田恵助 … 市蔵  柳原小兵衛 … 秀調
        
  下嶋甚右衛門 …市團蔵

   新版歌祭文「野崎村」 
 野崎村の久作の家では、久作の後妻の連れ子お光が、油屋の丁稚奉公からこの家に連れ戻された養子の久松との祝言を前に、そわそわと働いている。そこへ油屋のひとり娘お染が、恋しい久松を訪ねてくる。久作は、お染と久松の恋は人の道に外れると2人を説き伏せ、久松とお光の祝言を決行しようとする、が当のお光は髪を下ろして尼になる覚悟。お光は久松とお染が死のうとしていることを見抜き、自ら身を引いたのであった。迎えに来た油屋の後妻お常の配慮で、久松は駕籠、お染は舟と別々に去って行く。2人を見送るお光と、その胸中を察する久作。両花道を使った哀しくも華やかなラストシーンが、義太夫の名曲とともに胸に突き刺さる。
           お光 … 芝翫  久松 … 雁治郎  お常 … 田之助
           下女およし … 吉之丞  久作 … 富十郎  お染 … 雀右衛門

   二人椀久
 椀屋久兵衛は、大坂の豪商であったが、傾城の松山太夫に入れあげて身上を潰したため、座敷牢に入れられた揚げ句に、気が狂ってしまう。夢枕に立つ松山と楽しい逢瀬を過ごす椀久だが、それはほんのつかの間、太夫の姿は消え、椀久はまた、ひとり取り残されてしまう。艶っぽい色模様から、早間の連れ舞いまで、ぴったり息の合った2人の振りが魅力の、幻想的な長唄舞踊。仁左衛門と孝太郎親子のコンビは初。
           椀屋久兵衛 … 仁左右衛門  松山太夫 … 孝太郎



 ’05年1月29日(土) Bunkamura ザ・ミュージアム
      『グランマ・モーゼス展』
(フォーク・アートの虹、モーゼスおばあさん)

   
    「黒馬」(1942年)         「農場の引っ越し」(1951年)       「雪が降る」(1951年)


  グランマ・モーゼス(モーゼスおばあさん)の愛称で親しまれている画家、アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860-1961年)の名前は、アメリカでは知らない人はいないと言っても過言ではないでしょう。私の知っているアメリカ人に聞いてみたらみんな知っていました。1860年にアメリカ北東部の小さな農村に生まれたモーゼスは、生涯の殆どを農業や酪農といった仕事に費やし、70歳を超えて初めて油絵の具を手にしました。地元のドラッグストアに飾っていた作品がアマチュアコレクターの目に留まり、80歳になって初めて開いたニューヨークでの個展をきっかけに、画廊をはじめ「タイム」、「ライフ」などの雑誌やテレビ、新聞などにたびたび取り上げられ、いつしか画家「グランマ・モーゼス」の作品と評判は、アメリカ国内のみならず、世界各国に拡がってゆきました。やがて時のアメリカ大統領に謁見、表彰されるほどの名声を博しましたが、モーゼス自身は、生涯そうした華やかさからかけ離れた農村の素朴画家であり続け、それまでの生活を変えようとはしませんでした。そして、101歳で亡くなるまでに1600点もの作品を残したのです。 
少子高齢化社会など様々な問題を抱えるわが国において、モーゼスの素朴な生き方と作品は、実りある老後の象徴であるだけでなく、現代社会に生きる私たちすべての世代に、日ごろ忘れてしまいがちな生きることへの喜びや楽しみ、活力を与えてくれることに違いありません。牧歌的な優しさ溢れる詩情豊かな心を和ませる世界に触れるだけでなく、もう年だからと言って何事にも億劫になりがちな私達に勇気とやる気を与えてくれました。



 ’05年1月29日(土) 渋谷区立松濤美術館 
     
        特別展 『華麗なるペルシャ絨毯の世界』
                (イラン、ミーリー工房の復元作品と古典作品)


  現在、イランで生産されるペルシャ絨毯の多くは、科学染料を使用した機械製品です。こうした状況の中で、絨毯製作に長い伝統を有するテヘランのミーリー工房は残存する数少ない古典絨毯を研究しており、古来の手紡ぎ、天然染料、手織りを現代に再生させた実績は、海外でも高く評価されています。
 本展は、ミーリー工房の全面的な協力を得て古典絨毯17点とその復元作品19点の計36点、さらに19世紀後半から20世紀前半に製作された珍しい古典絨毯48点を陳列されており、こぢんまりとした展覧会であったが見ごたえのある絨毯が展示されていた。



 ’05年1月22日(土) 世田谷美術館 
                  特別展
祈りの道 『吉野・熊野・高野の名宝』


 修験道の舞台「吉野・大峯」、神仏習合の聖地「熊野三山」、真言密教の根本道場「高野山」という三つの霊場とそれを結ぶ参詣道が「紀伊山地の霊場と参詣道」という名称で、ユネスコの世界遺産に昨年(2004年7月)登録された。これを記念して三重・奈良・和歌山にまたがる紀伊山地にたたずむ社寺などに所蔵される名宝や、この地域にゆかりの文化財を各地から集めた展覧会が世田谷美術館で開催されていて、皇太子殿下、秋篠宮殿下夫妻が見学したとNHKのニュースでも報道された。
 以前、伊勢志摩・熊野三山・高野山を旅し、建造物は見たが宝物は見ていなかったので少し興味はあった。明日で終了するので見学者が少なくなるであろう午後出掛けた。入口の広場に沢山の人が集まっていた。何かイベントでもあるのかと思ったらそうではなく入場券を買う人の列であった。上野の博物館や美術館で列ぶことはあったが世田谷美術館では初めてである。当然館内は混雑していた。一般の入場料は1200円であるが、世田谷区民のシニア料金は450円なので、450円分の見方で簡単に見て帰ろうと思ったが最初から最後までじっくり見て美術館の終了時間までいた。
 鳥取県の三徳山・三仏寺投入堂に安置されている仏像が蔵王権現立像である。吉野の蔵王権現立像が来ているというので見比べてみたかった。右手を振りかざし、右足を蹴り上げた怒りの形相は同じであるが4mを超す巨像であった。また、熊野三山の一つ、熊野速玉大社の木造御神像三体(熊野速玉大神坐像・家津美御子大神坐像・夫須美神坐像)がそろって展示されるのは初めてだそうだ。
 売店に秋篠宮殿下お買いあげの菓子という表示の吉野の菓子のサンプルがあった。売り切れで明日入荷すると書いてあったが明日わざわざ買いにくる人がいるだろうか。



 ’05年1月19日(水) 東京厚生年金会館にて
       ブロードウエイミュージカル『サウンドオブミュージック』を鑑賞


 「ドレミの歌」で有名なミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』を東京厚生年金会館で鑑賞した。歌舞伎座や新橋演舞場に来る客層と違っていて若い女性と家族連れが多く満員だった。アメリカから来日した劇団のオリジナルの公演なので外人の家族連れも多かった。『サウンド・オブ・ミュージック』は映画で何回も観ていて音楽・歌すべて知っているので楽しめた。歌が終わる毎に観衆の拍手がわき起こった。



 ’05年1月12日(水) 日本橋三越本店 平成の洛中洛外平山郁夫展

 我が国の文化財の宝庫である古都・京都に注目し、「洛中洛外」という古典的なテーマに「平成の」と銘打った独自の洛中洛外を表現すべく、自ら洛中洛外を歩いて取材にあたり、精力的にその制作に取り組んだ作品展。新作67点(本画37点、素描30点)であった。未発表のばかりと聞いていたが、昨年の夏に甲斐小泉駅前に出来た「平山郁夫シルクロード美術館」(山梨県北杜市)に展示されていたものもあった。



 ’05年1月12日(水) 松屋銀座  童謡詩人 金子みすゞ展

 山口県長門市仙崎に生まれ、数々の優れた作品を残し、高い評価を受けながら26歳という若さでこの夜を去った童謡詩人 金子みすゞ(明治36年生まれ)の展覧会。「みすゞの生涯」「みすゞからのメッセージ」「広がるみすゞの世界」の3部から構成されいた。みすゞが着用した着物、詩を書き綴った手帳などの遺品、みすゞの生まれ育った仙崎や下関の映像を交えて、約70編の童謡が自筆で紹介されていた。金子みすゞのの生涯はテレビ、映画、舞台でも取り上げた。
みすゞの作品の中には私の好きな詩(うた)は沢山あるがその一つ。

          私と小鳥と鈴と

         私が両手をひろげても、
         お空はちっとも飛べないが、
         飛べる小鳥は私のように、
         地面を速くは走れない。

         私がからだをゆすっても、
         きれいな音は出ないけど
         あの鳴る鈴は私のように、
         たくさんな唄はしらないよ。

         鈴と、小鳥と、それから私、
         みんなちがって、みんないい。

 みすゞは最後の一節、みんなちがって、みんないい を鈴と小鳥と自分を比較して書いているが、これは人間にあてはめても言えることで人は顔、性格、出来ること、出来ないこと、みなそれぞれ違っていて同じ人はいない。しかし、それはそれでみんないい、と私は思う。「みんなちがって、みんないい」私はこの言葉が大好きだ。



 ’05年1月6日(木) 新橋演舞場にて『寿 新春大歌舞伎』を観劇 

 松竹百十周年記念 新春大歌舞伎を新橋演舞場に観に行った。演目は岡本綺堂作「鳥辺山心中」、歌舞伎舞踊六歌仙容彩「文屋」「喜撰」、河竹黙阿弥作曽我綉侠御所染「御所五郎蔵」である。
 「鳥辺山心中」「御所五郎蔵」はともに悲劇であるが、「六歌仙容彩」の歌舞伎舞踊は、明るくユーモラスな踊りで楽しめた。「六歌仙容彩」は平安朝の代表的歌人、僧正遍照・文屋康秀・在原業平・喜撰法師・大伴黒主・小野小町。この六名を総じて「六歌仙」と言うそうな。そのうち、女性の小野小町を除いた五名の歌人たちが絶世の美女小野小町に言い寄っては次々に袖にされる、というのがこの踊りでである。五人を一人の役者が踊り分けるという変化舞踊(へんげぶよう)が本来の形であるが、今回は文屋を松緑、喜撰を菊五郎が踊った。
 文屋康秀の軽妙な踊り。これが女かと思われるようにメイクアップした官女が絡んで、文屋が小野小町に会いに行くのを邪魔する踊りである。喜撰法師は茶汲み女のお梶を相手に、ちょっと艶めいた風流心を、明るくユーモラスに踊る。

   岡本綺堂作 『鳥辺山心中』 
           菊地半九郎 … 海老蔵  お染 … 菊之助     坂田源三郎 … 市蔵
           お花 … 右之助       坂田市之助 … 松緑  
  六歌仙容彩 『文 屋』 『喜 撰』
  
         文屋康秀 … 松緑    喜撰法師 … 菊五郎   お梶 … 菊之助
              所化 … 團蔵  同 … 家橘  同 … 右之助  同 … 権十郎  同 … 市蔵
                同 … 松也  同 … 岡村研佑改め 右近
   河竹黙阿弥作 曽我綉侠御所染 『御所五郎蔵』
           御所五郎蔵 … 團十郎   傾城皐月 … 福助    傾城逢州 … 松也
           梶原平蔵 … 團蔵      新貝荒蔵 … 権十郎  秩父重蔵 … 市蔵
           二宮太郎次 … 家橘     星影土右衛門 … 左團次    甲屋与五郎 … 菊五郎



 ’05年1月5日(水) 江戸東京博物館 大(Oh !)水木しげる展

 ゲゲゲの鬼太郎など数々の妖怪を描いた鳥取県境港市出身の妖怪画家水木しげるの展覧会。水木しげるの「人と作品」の魅力を、写真や漫画、絵巻、彫刻など実に様々なものの展示で表現し、現実と空想が入り乱れる「水木しげるワンダーランド」であった。妖怪漫画にこれほど人気があるのかと思うほど、平日の昼間にもかかわらず若者から高齢者にいたるまで多数の入場者があり混雑していた。
 3階の江戸東京ひろばでは、常設展示室で開催されている特別展示「徳川将軍家と鷹狩り」とのタイアップ企画「鷹狩り実演」が行われた。徳川家とも由来が深い諏訪流鷹匠によるもので、第17代鷹匠田籠(たごもり)善次郎氏ほか2名で解説の後、
   「渡   り」 木や物から鷹匠の拳へ鷹がわたる
   「振   替」 鷹匠と鷹匠の拳の間を鷹がわたる
   「飛び流し」 鳥の代わりにルアーを飛ばし、鷹が捕まえる
を行ったが、低く飛ぶときは鷹匠の指示通りの演技が出来たが、高く舞い上がる時は冷たい北風が強く、風にあおられて鷹匠の意のように出来ないところもあった。見物人が多いのと、周りの騒音で気が散るらしく、鷹も集中できないらしい。
 江戸東京博物館の展覧会を見に行った帰りには、いつも企画展室の出口の傍にある甘味処「三味賛歌」で善哉を食べ疲れを取って帰るが、今日は7階まで上がり、カフェ「カーディナス」でケーキを食べ、晴れ渡った東京の街を眺めながらコーヒーを飲んだ。正面には汐留・汐サイトのビル群、その先の羽田空港からひっきりなしに飛び立つ旅客機、右の西側には富士山、富士の横に真っ赤な夕日が沈み、天気が良く、空気の澄んでいる日はいろんな景色が近くに見えた。



  ’04年12月25日(土) 小田急原宿会

 「小田急原宿会」という名称は小生が勝手に付けたものであるが、小田急線沿線に居住していて原宿で職場が同じであった元同僚の集まりの会である。これと言った目的はないが集まって、飲みながら、食べながらそれぞれ近況を話したり、評論家になって政治、経済、教育など最近の出来事についていろいろ批評する只の会である。その会が半年ぶりに向ケ丘遊園駅南口の飲み屋というか食事処の「べんりばこ」で開かれた。
 食べ物は美味しく、飲み物も美味しく(と言っても私はアルコールは飲めないが)、気が置けない人達なので話しに花が咲き、時間の経つのも忘れ、あっ!という間に3時間が過ぎた。帰りにちょっとお茶でもと入った喫茶店でまた1時間半話し込んだ。非常に楽しい一日を過ごすことが出来た。 「べんりばこ」пD044-932-0300



  ’04年12月17日(金) 東京国際フォーラムにてコンサート鑑賞

 「アカイヌ山荘」の隣人のKさんにコンサートのチケットを頂き、旧東京都庁跡に建てられた「東京国際フォーラム」へ、ベートーヴェンの「第九と皇帝」を聴きに行った。以前にも入ったことがあるが東京国際フォーラムのホールAは定員が5000人以上の競技場のようなバカでかいホールで、大きな集会なら兎も角クラシックのコンサートには向いていない。座席は前の方でピアノの演奏がよく見える席であった。ピアノの響きはよく素晴らしい演奏で、第九はコーラスの人数が多く迫力のある演奏であった。

                プログラム
   ベートーヴェン : ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調「皇帝」作品73
   ベートーヴェン : 交響曲 第9番 ニ短調「合唱付き」作品125
       指揮: 熊谷 弘
           シンフォニーオーケストラ ”グレイトアーティスツ” イン ジャパン
                ピアノ: 稲田 潤子
                  ソプラノ: 日下部祐子
                  アルト:  岩森 美里
                  テノール: 吉田 伸昭
                  バ ス:  有川 文雄
                  合 唱: 東京混声合唱団
                        第九を歌う会



 ’04年12月8日(水) 国立西洋美術館  マティス展

 国立西洋美術館で「マティス展」が開かれており12月12日で終わる。展覧会最後の土曜・日曜は混むのでその前に行った。平日の昼間ということもあり、思ったより混雑はしていなかったが中高年と若い女性が多い。帰りの3時過ぎには観客が増えチケットを購入するのに長い列が出来ていた。
  今回の展覧会は、作品が生まれるまでの「ヴァリエーション」と「プロセス」という視点から、マティスの作品を解き明かすことを試みるものとなっています。同じ主題を異なる様式や技法で描き分けた作品や、制作途上を記録した写真とその完成作が展示されるだけでなく、自らが制作する姿を主題とした作品、1943年に出版されたデッサン集『テーマとヴァリエーション』のオリジナル素描なども出品されます。また、マティスが用いた様々な技法上の試みを示す作品によって、「ヴァリエーション」と「プロセス」の問題が多角的に捉えられるものとなっています。マティスの作品をより深く見ることの面白さを理解してもらえる機会になると思います。と解説してあったが、私はそんなことを考察する能力はないので、出来上がった作品をただ見るだけであった。

            
      ルーマニアのブラウス         ブルー・ヌードU             夢



 ’04年11月28日(日) 浜離宮朝日ホールにてピアノリサイタル鑑賞
          稲田潤子ピアノリサイタル "Imagination"Vol.4  〜光と風にたわむれて〜


 アカイヌ王国「アカイヌ山荘」の隣人の次男が今夏フランスはパリで結婚式を挙げた。お相手は日本とフランスを中心にヨーロッパで演奏活動をしているピアニスト稲田潤子さんである。その稲田潤子さんのリサイタルが浜離宮朝日ホールであるというので聴きに行った。盛況で会場はほぼ満員であった。よく知っている曲を聴くと上手・下手が私でもある程度分かる。素晴らしい演奏であった。

                     プログラム
             ショパン
              即興曲
                第1番 Op.29
                第2番 Op.36
                第3番 Op.51

               ポロネーズ 第5番 Op.44

               モーツアルトの歌劇 《ドン・ジョバンニ》 の
                        「奥様お手をどうぞ」の主題による変奏曲 Op.2

              シチェドリン
               2つの多声的小品(2声のインベンション、バッソオスティーナート)

              ムソルグスキー
               組曲 「展覧会の絵」

          アンコール曲  ラフマニノフ 音の絵 Op.32-2
                     ショパン   幻想即興曲 Op.66



 ’04年11月27日(土) 五島美術館
                特別展 京都冷泉家「国宝明月記」 
               
藤原定家の日記から800年を越えて甦る王朝貴族の生活


 「国宝明月記」の特別展が五島美術館で催されている。天候は小春日和で外出するには絶好の日和、明日が最終日ということで出掛けた。五島美術館には以前一度行ったことがある。

 五島美術館の案内によると五島美術館は、東京都世田谷区上野毛の閑静な住宅街の中にある私立(財団法人)の美術館です。東京急行電鉄株式会社の元会長・五島慶太翁(1882―1959)が半生をかけて収集した日本と東洋の古美術品をもとに、昭和35年(1960)に開館しました。以来、国宝「源氏物語絵巻」をはじめとする数々の名品を所蔵する美術館として、展覧会を中心に幅広い活動を展開し今日に至っています。
 建物(本館)は、和様空間の案出に秀れた芸術院会員・吉田五十八氏(1894―1974)が設計しました。当館が所蔵する国宝「源氏物語絵巻」・国宝「紫式部日記絵巻」にふさわしい寝殿造の意匠を随所にとり入れたものになっています。敷地は庭園を含めると約5000坪。武蔵野の雑木林の台地が多摩川に向って深く傾斜する場所にあり、庭園内には、茶室(非公開)、東京都指定天然記念物「上野毛のコブシ」などがあります。

 「明月記」がどのような物なのか教養がないので知らなかった。また今回見ることが出来たが部分的にしか字が読めない。しかし一般の人が解かるように解説が付いていて「明月記」について多少の知識を得た。概要が次のように書かれていた。

 国宝「明月記」(めいげっき)は京都の冷泉家(れいぜいけ)に伝わる藤原定家(ふじわらのていか 1162―1241)の日記である。(財)冷泉家時雨亭文庫の協力により、その全巻を一堂に展示し、平安時代末期から鎌倉時代初期における貴族の日記の全貌を紹介する。
 「明月記」の本文内容は、京都の公家と後の鎌倉幕府となる武家との関係、故実・和歌文学の見聞があり、当時の政治・文化・社会を知る上で第一級の史料である。昭和55年(1980)に発表された冷泉家の国宝「明月記」(54巻、補写本5巻ほか)は、それまでの写本にない定家自筆の朱書などがあり、清書され、校訂された貴族の日記の姿を伝える唯一貴重なものである。本展は、平成11年に修理完成後、関東に於ける初めての公開となる。定家自身の書風の変遷や、「明月記」という日記が、西行や定家の嫡男である為家の手紙などの裏面に書写されているため、その紙背文書の紹介など、今まで知られていない王朝貴族の日記そのものが、どのようにして成立したものであるかをあきらかにし、広く一般に理解を深めようとするものである。



 ’04年11月19日(金) 明治座にて『夫婦善哉』を観劇

        ■原作/織田作之助  ■脚本/阿部照義  ■演出/北村文典
        ■出演: 中村玉緒 藤田まこと  
              曽我廼家鶴蝶・芦屋小雁・正司花江・穂積隆信・島田順司・鴈龍太郎・小野寺丈
              田中綾子・東風平千香・山口京子・鷹家昌子



  ’04年11月15日(月) 東京国立博物館 平成館 中国国宝展

 東京国立博物館の休館日を利用して企画された朝日新聞の会員制サービス asPara Club の特別招待日に応募したら抽選に当たり招待状が来たので雨の中上野へ出掛けた。5000人招待したそうでだが思ったより観客が多く混雑していた。私達のような定年退職者夫婦といった感じの人が多い。最も平日であるから学生や働いている若い人は来られない時間帯であったが、通常の観覧料金は1300円なので年金生活者が夫婦で来るのは辛い。無料となれば応募する人がこんなにも多い。展覧会に行くと館内だけで 1.5〜2 時間は歩くのでいつも疲れる。東京国立博物館へ行ったときは帰りに庭で営業している「鶴屋吉信」の茶席で抹茶を飲むかぜんざいを食べて元気をつけ帰宅する。



 ’04年10月31日(日) 世田谷美術館
                  砂漠の王国 ヨルダン展 
                     
知られざるアラブ世界 8000年の文化遺産



 ’04年10月28日(木) 東京芸術大学美術館
                   興福寺国宝展 
鎌倉復興期のみほとけ




 ’04年10月17日(日) 新宿コマ劇場にて 
         芸能生活三十周年記念 松平 建 錦秋公演
      
暴れん坊将軍スペッシャル
唄って踊って八百八町〜フィナーレ・マツケンサンバを観劇
         ■作=阿部照義  ■演出=水谷幹夫
         ■出演 松平 建 浜畑謙吉 近藤洋介 三原じゅん子 大鳥れい 太川陽介 浅利香津代 ほか

 今、老若男女に大人気の『マツケンサンバ II』を引っ提げてコマの舞台に登場の「暴れん坊将軍」はテレビや今までの舞台では演じていなかった新しいスタイルの和風ミュージカル仕立ての「暴れん坊将軍スペシャル」、フィナーレを飾るのは大人気の『マツケンサンバ II』。松平 健が、軽やかなラテンのリズムに乗せて夏の恋を歌い、楽しいリズム、金色に輝くド派手な衣装、そしてお馴染みの華麗なステップ……。客席も超満員でマツケンサンバが始まると手拍子とマツケンスティックという3色にピカピカ光るペンライトのようなものを振って、客席とステージが一緒になっての騒ぎであった。このところ家のリフォームで疲れ気味なので、マツケンサンバでも聴いて少しは元気を取り戻そう出掛けた。




 ’04年10月11日(月) 大丸ミュージアム・東京
                 ウィリアム・モリスとアーツ & クラフツ展




 ’04年9月12日(日) ポーラミュージアムアネックス(銀座)

 中村美津主宰 木彫グループ『木精(こだま)』の第7回作品展(置く・日々の物への特別な場所)が銀座1丁目のポーラミュージアムアネックスで開かれ主宰中村美津の作品をはじめ54名の会員がひとり3点か4点を出品していた。



 ’04年9月12日(日) 新宿ピカデリーにて映画
        『釣りバカ日誌15(ハマちゃんに明日はない!?)』を鑑賞




 ’04年8月28日(土) サントリー美術館
                 徳川美術館名品展「姫君の華麗なる日々」


 徳川美術館は,尾張徳川家由来の格式高い美術作品を多数所蔵し、とりわけ歴代の姫君ゆかりの典雅な文物はコレクションの華と言われている。とくに三代将軍家光の長女として生まれ、尾張徳川家二代光友に輿入れした霊仙院千代姫(1637〜98)は、尾張歴代夫人の中で最も豪華な婚礼道具を所持した姫君として知られている。
 今回の展覧会では千代姫の婚礼調度の中でもひときわ豪華といわれる「初音の調度」から「初音蒔絵鏡台」(国宝)、金銀調度類から「純金香盆飾り」(重文)をはじめ、代々の姫君の婚礼調度品の数々や、誕生,成人、出産などの姫君たちの人生の節目の儀式に用いられた品々が展示されていた。
 さらに嗜みとしての楽器や風雅な遊び道具、教養の糧とした美しい絵巻や書の手本、姫君自身が手すさびに嗜んだ書画、煙草も吹かしていたらしく煙管や煙草入れなど、徳川美術館の所蔵品の中から厳選された約140点を展示し、尾張徳川家ゆかりの姫君たちの華麗なる暮らしぶりが紹介されていた。
 展示期間の最終日の間近に行ったひともあり今までにない混雑で、中高年の女性たちが一品一品溜息を漏らしながら鑑賞していた。



 ’04年8月15日(日) 歌舞伎座にて『八月納涼歌舞伎』を観劇

 今年も歌舞伎座に「八月納涼歌舞伎を観に行った。「納涼歌舞伎」は3部に分かれている。第3部、通し狂言「東海道四谷怪談」を観た。
  お岩・小仏小平・佐藤与茂七 … 勘九郎   民谷伊右衛門 … 橋之助   舞台番 … 染五郎
  お岩妹お袖・小平女房お花 … 福助      お梅 … 七之助         按摩宅悦 … 弥十郎   
  直助権兵衛 … 三津五郎
<あらすじ>
 御家断絶の騒動(忠臣蔵)に紛れて、御用金を盗んだ民谷伊右衛門は、妻のお岩の父で、同じ家中の四谷左門にそれを知られ、お岩と引き離されたことを恨んで、左門を殺してしまいます。一方、お岩の妹お袖に横恋慕する下僕の直助権兵衛は、お袖の許嫁の佐藤与茂七を殺害。伊右衛門と直助は、互いにその事実を知ったうえで、犯人を知らないお岩・お袖の姉妹を騙し、敵を討ってやると約束します。
 伊右衛門のもとに戻り、男の子を産んだお岩は、産後の肥立ちが悪いため、隣家の伊藤喜兵衛宅から見舞に届けられた薬を飲みますが、にわかに顔面を押さえ苦しみ出します。これは、喜兵衛の孫娘お梅と伊右衛門を添わせるために、じゃまなお岩の顔を醜くして夫婦別れをさせようという、喜兵衛の策略でした。伊右衛門も、お岩の世話をする按摩宅悦に、無理矢理お岩に不義を仕掛けるよう指示するなど、完全に心変わり。宅悦の口からすべてを聞いたお岩は、伊藤家へ乗り込もうと身なりをととのえる最中に誤ってのどを切り、絶命します。伊右衛門は民谷家の秘薬を盗んだ小仏小平を殺して、お岩の死体と背中合わせに一枚の戸板に打ち付け、川に流すと、すぐにお梅の輿入れを迎えますが、そこにはすでに、お岩の霊が・・・・。
 人間の業を赤裸々に描いた、怪談物の最高傑作。抒情的な独吟の中でお岩の怨嗟ぶりを見せる「髪梳き」や、「戸板返し」「提灯抜け」の仕掛けなど、見せ場には事欠きません。



 ’04年8月12日(木) 小田急グランドギャラリー
                    「いきもの図鑑 牧野四子吉の世界」


 『広辞苑』『ファーブル昆虫記』をはじめ図鑑、教科書などに生涯にわたって3万点を越える挿絵を描き、「生物生態画」のパイオニアとして生物学界、出版界では広く名前を知られた牧野四子吉(まきのよねきち)の展覧会いきもの図鑑 牧野四子吉の世界」が小田急グランドギャラリーで開かれた。日本の代表的な動物図鑑である『原色動物大図鑑』、『ジャポニカ大日本百科事典』をはじめ『ファーブル昆虫記』、『ビアンキのこども動物記』、『広辞苑』などのために描かれた約1200点の挿絵原画が展示されていた。



 ’04年7月17日(土) 日本橋高島屋ホール  「宮本登美子世界展」

 最新作「宮本本 平家物語」の完結を記念して日本橋高島屋で「宮本登美子世界展」が催された。1973年、「櫂」で太宰治賞を受賞して以来、波瀾万丈の人生を生き抜いた自叙伝をもとに、独自の流麗な文体で数々の長編小説を発表し、その作品はテレビに、映画に、舞台にと描かれてきた。40余年にわたる奥深い宮尾文学の魅力を直筆原稿や写真、本人の着物などの愛蔵品も一堂に展示された宮本登美子世界展であった。
 宮尾さんもサイン会のために会場に見えており、また 「一絃の琴」に出てくる一弦の琴の演奏が清虚洞一弦琴:峯岸一水さんによって披露された。



 ’04年7月9日(金) 歌舞伎座にて『七月大歌舞伎』を観劇 

 市川猿之助一座の公演であるが市川猿之助が病気のため、板東玉三郎の出演が決まった。

   桜姫東文章 下の巻  (四幕目「三囲土手の場」より 大詰「浅草雷門の場」まで)
 深窓の令嬢(姫君)が、悪い男に惚れ込み、女郎へと転落しながら、一向にへこむことなく、果敢にお家再興を成し遂げてしまう。痛快なお姫様・桜姫の冒険譚とも言える鶴屋南北の作品である。板東玉三郎が、熱望されていた桜姫役をつとめるのは、実に19年ぶりとのことである。女郎となってもお姫様言葉が抜けず、女郎言葉とお姫様言葉が一緒になって喋るのがおかしい。
           桜姫 … 板東玉三郎  清玄・釣鐘権助・稲野谷半兵衛 … 市川段治郎
           入間悪五郎 … 市川右近  葛飾のお十 … 市川春猿  残月 … 中村歌六
           奴 軍助 … 市川猿弥  判人勘六 … 市川寿猿  局 長浦 … 市川笑三郎
        
  吉田岩松 …市川笑也  粟津七郎 … 市川門之助

   義経千本桜 川連法眼館   (市川右近宙乗り狐六法)
 義経が拝領した初音の鼓に両親の皮が使われているために、義経の家来佐藤忠信に化けて、鼓を持つ静御前の前に出没する狐。肉親との縁に恵まれない義経と、親想いの狐の間に芽生える絆を、早変わり、宙づりなど数々の仕掛けを駆使して描く、猿之助の十八番を愛弟子右近がつとめた。師匠の熱い想いを伝える良い演技だった。
           佐藤忠信実は源九郎狐 … 市川右近  静御前 … 市川笑也  川連法眼 … 市川寿猿
           亀井六郎 … 市川猿弥  源義経 … 市川門之助

    
     
玉三郎            段治郎            笑也           右近



 ’04年7月4日(日) サントリー美術館  洛陽の夢「唐三彩展」

 三彩とは、緑や褐色などの2種以上の色釉を、素地に直接施して焼いた陶器のこと。中でも有名なのは唐三彩で、文字通り、中国の唐代(618〜907)に作られた。主として長安や洛陽の貴族の墓の副葬品として納められたが、その成立や発展については、今でも多くの謎が残るという。しかし近年、洛陽周辺での発掘が進み、研究が大いに進展しつつあるといわれている。日本初公開の出土品を中心に約120点ばかりが展示されていた。
 唐三彩のレプリカなどを中心に中国の物産が販売されていたが、店員は中国人で日本語ができる人もいたが、日本語がよく分からない店員もいて中国の店で買い物をしているようであった。

            
    三彩鎮墓獣           三彩載駱駝            三彩獣頭壺       三彩女坐俑




 ’04年7月3日(土) 江戸東京博物館 
                       発掘された日本列島2004 -新発見考古速報展−


       
         《埴輪群》 古墳時代                   《巨大甕棺墓》 弥生時代中期

 発掘された日本列島考古展の10周年記念として、今までに展示された中から話題になった遺跡を選んで「あの遺跡は今」として紹介されていた。我がふるさと鳥取県では人の脳は展示されていなかったが「青谷上寺地遺跡」と「智頭枕田遺跡」が展示されていた。



 ’04年6月19日(土) 東京都美術館 栄光のオランダ・フランドル絵画展

 東京都美術館で開催されている「栄光のオランダ・フランドル絵画展」に行った。ウィーン美術史美術館所蔵品の中から16・17世紀のフランドル(南部ネーデルランド・現在のベルギーとほぼ同一地域)、オランダ絵画にテーマを絞って、その時代を代表する巨匠たち(ルーベンス、ファン・ダイク、レンブラント、フェルメールなど)の名品が展示されていた。特にフェルメールの「画家のアトリエ(絵画の芸術)」は、レオナルド・ダ・ビンチが「モナリザ」を死ぬまで手放さなかったように、画家自身がずっと持っていた作品であったと言われ、この作品に出会うためだけにウィーンを訪れる人が絶えないとか、日本初公開のオランダ絵画の最高傑作などと宣伝をしていたので、この作品の前には人集りがしていて動こうとはしていなかった。

            
      フェルメール「画家のアトリエ(絵画芸術)」             ルーベンス「キモンとエウィゲニア」



 ’04年6月16日(水) 山脈関東地区同期会

 山脈会第7期関東地区同期会が1年振りに飯田橋駅前の「torino」で開かれた。今年は参加者が少なく17名であった。今年は9月に岐阜の下呂温泉で全体会が開催される予定なのでそちらに出席するために少なかったのかも知れない。



  ’04年6月6日(日) 新橋演舞場にて 
              喜劇
『お江戸でござる』(日本橋長崎屋オランダ屋敷)を観劇


 3月までNHK総合テレビ木曜日午後8時から放送していた「お江戸でごさる」を竹下景子を座長に松竹が舞台公演にした喜劇である。
     滝 大作 作・演出   吉村忠短 演出   NHKエンタープライズ21 制作協力
 さあ大変だ大変だ! 日本橋名物長崎屋、通称「オランダ屋敷」が閉鎖になったよ。それというのも浦賀沖に現れた黒船のせいだ。時の幕府は、黒船を追い返すついでにオランダ屋敷まで閉鎖しちまった。さあ、黙っていられないのが長崎屋の女将(竹下景子)だ。このまま引っ込んだんじゃ江戸っ子の恥だてんで、気弱な亭主(菅野菜保之)の尻を叩いて、幕府に一泡吹かせてやろうと、薩摩浪人(松村雄基)と組んで、長崎屋を攘夷派浪人の溜まり場にしたから穏やかじゃない。
 一方、放り出された奉公人たち(桜金造、魁三太郎、重田千穂子、角替和枝)はどうなったかてえと、庶民てもんはしぶといもんだ。生きるためには何でもやったろうてんで、食いはぐれは一人もいやしない。出てくる人物はまだまだいるよ。オランダ人(グレッグ・アーウィン)、浪人に恋い焦がれる娘(山本郁子)、インチキ医者(前田吟)、筆頭与力(青山良彦)、同心(田口計)、曰くありげな口入屋(笠原章)、長崎屋番頭(原口剛)、やたらに男に心中を持ちかれる怪しい女(新橋耐子)、遊び人(ベンガル)、その他(原田淳二、勝見史郎、星ルイス、舞戸礼子、長井槙子、村上玲子、安達忍、朱鷺春美)、この連中が絡んで江戸中は大騒ぎだ。さあて、幕府に尻をまくった長崎屋はどうなるか、時代の波に洗われる庶民たちの行く末は如何に・・・・。ドタバタ騒ぎの筋書きであった。



 ’04年5月28日(金) 東京芸術劇場にて 
                    
京劇『西遊記』(孫悟空 三打白骨精)を観劇


          
      孫悟空                 白骨精          食い気が先に立ち頭が少し弱い猪八戒

 中華人民共和国建国55周年に当たり、来日公演をしている湖北省京劇院の京劇「西遊記」を東京芸術劇場(池袋)に観に行った。以前にも京劇を国立劇場に観に行ったが、あの時はイヤホーンガイドを借りなかったので今ひとつ物語の筋が分からなかった。今回は「孫悟空」という良く知っている物語でもあり、その上字幕スーパーが付いていたので良く分かった。「西遊記」は三蔵法師と孫悟空、猪八戒、沙悟浄の一行がありがたいお経を求めて天竺へ旅する物語であるが、途中いろいろな妖怪などが行く手を阻みます。今回はある山を根城にしている、屍が千年を経て変化した美しい妖怪“白骨精”との戦いであった。

     
    三蔵法師、孫悟空、猪八戒、沙悟浄の一行            猪八戒、孫悟空、沙悟浄



 ’04年5月26日(水) 国立西洋美術館

       「ヴァチカン美術館所蔵古代ローマ彫刻展 生きた証−古代ローマ人と肖像」

 ヴァチカン美術館の膨大な所蔵品の中から、紀元前3世紀の共和政ローマ時代から初期キリスト教時代まで、約600年のあいだに制作された古代ローマの肖像彫刻を中心に、6つの分野に分けて展示されていた。

 第T章 「肖像の誕生」 ヘレニズム彫刻とイタリア半島のエトルリア文化の伝統を比較し、共和政ローマ時代の
                 写実的肖像彫刻のルーツと変遷。
 第U章 「肖像とアイデンティティ」
                石棺や墓碑の彫刻を中心に、人物の容貌を表すだけでなく、生前の職業や業績、愛し
                い家族の姿を表した作品。
 第V章 「特徴的髪型をした女性の肖像:古代の装い」
                帝政ローマ時代の皇族や貴族の女性たちのモードを、肖像彫刻と化粧道具・日用品な
                どから探る。
 第W章 「肖像と永遠」 故人への想いが、はかない人間と永遠の神々との対比へと導いた作品。
 第X章 「帝国の象徴」 カエサル、アウグストゥス、カラカラなど帝政ローマの行程の肖像彫刻を展示し、自らを
                帝国の象徴として、どのように表象されることを望んだかを観る。
 第Y章 「古代肖像の終焉」
                キリスト教化の中、肖像が自己存在の誇示よりも祈りや心の姿へと変貌していく姿。

 常設館でドラクロワの版画展をやっていたので、久し振りに常設館に入った。常設館は「松方コレクション」を中心に個人から寄贈された作品、美術館が購入した作品が展示されている。以前に観た作品でもあり、さ〜と通って版画展に行く予定がついつい足を止めて西洋絵画や彫刻も観ることになった。企画展と常設展を観ると結構疲れる。美術館内にある喫茶室「すいれん」でケーキセットを食べ体力を取り戻して帰宅の途についた。

             
   皇帝 カラカラ         四頭立て戦車競走が表された浮彫          皇帝アウグストゥス

          
   クラウディア・セムネの肖像      ドラクロワ版画 「ファウスト」より      ドラクロワ版画 「ハムレット」より
                            (マルガレーテを誘惑しようとするファウスト)
       (オフィ−リアの死)



 ’04年5月22日(土) 日本橋三越本店ギャラリー
                          「
白寿記念片岡球子展」

 日本画家、片岡球子画伯の白寿を記念して、「面構」や「富士山」など代表作約50点を紹介して、白寿記念片岡球子展が日本橋三越本店ギャラリーで開催された。以前にも片岡球子展を鑑賞したが片岡球子画伯の筆のタッチは男性のように力強い、が色づかいに女性らしさを感じていた。

    
  片岡球子展 入場券              花咲く富士(西湖富士)        北斎の娘「おゑい」



 ’04年5月1日(土) 桜井明弘とAサーキットの
                  ジョイントライブコンサート 吉祥寺「Be・Point」


  1.さくらの唄  2.タンゴ  3.砂の女 4.海千山千 
 5.アメイジング・グレイス 村上文子(Sop.)withバンド 
 6.YOKOHAMAホンキートンク・ぶるーす 7.とん平のヘイ・ユー・ブルース 
 8.季節の隙間にしゃがみ込んで 9.パンティー・ストッキングのような空 
 10.レイジー・レディー・ブルース 9.10に早乙女和完が参加(9は三味線、10はギター) 
 Aサーキットの最後には桜井さんがボーカルで参加
     北守一生(アルトサックス) 山下政一(ベース) 藤川栄治(ドラム)
     藤井良彦(ギター) 桜井明弘(ボーカル、ギター)
       ゲスト 早乙女和完(三味線、ギター) 村上文子(ソプラノ)
  Aサーキット(雨宮  、松本  ) ゲスト ●●●●(ドブロ、ウォッシュボード)
                        湯浅  (ボーカル、ギター)     




 ’04年4月28日(水) サントリー美術館
                  没後100年記念 「エミール・ガレ展」


 東京・赤坂のサントリー美術館で没後100年記念 「エミール・ガレ展」が開催された。エミール・ガレの作品は山梨県八ヶ岳高原の清里にある「清里北沢美術館(アール・ヌーヴォーガラス館)」で観たことがある。今回の展覧会は、3回開催されたパリ万博を節目にガレの作品を中心に同時代の作家の作品やポスターなども展示された。
 エミール・ガレのガラス製品は知ってはいたが、家具の制作については知らなかった。あのデザインはやはり芸術品である。  



 ’04年4月10日(土) 新宿文化センターにてちょっと変わったコンサート

 「iMimenation from New York イマイムネーション ー マイムとピアノの融合」 という共にニューヨークを拠点に活動しているジャズピアニスト三上クニとマイムアーティスト森山はる香との collaboration を聴きに(見に)行った。正月に吉祥寺の「Be・Point」に聴きに行った桜井明弘氏がゲスト出演。イマイムネーションというのはイマジネーションとパントマイムを一緒にした造語だそうだ。
    第1部  Singer & Song Writer
            桜井明弘(歌・ギター)・山下政一(ベース)・大村直治(ピアニカ)
    第2部  Jazz Piano 演奏
            三上クニ(ピアノ)・山下政一(ベース)・長谷川明彦(ドラム)
    第3部  イマイムネーション
            森山はる香(マイム)・三上クニ(ピアノ)



 ’04年4月8日(木) 森美術館

 3月26日に回転ドアに子供が挟まれて死亡事故が起きた六本木ヒルズの森タワー最上層(52階)にある森美術館の展覧会に行った。「Roppongi Crossing :日本美術の新しい展望」と草間彌生の「クサマトリックス」を見た。草間彌生の作品は水玉模様が主体のものであるのは以前から知っていた。ケバイ色づかいであるが結構楽しめた。が 「Roppongi Crossing」 の方の現代作品(57組)は良く理解出来なく感動も沸かなかった。あれで日本美術の新しい展望があるのか疑問に思った。
 展覧会の入場券で展望台「東京シティビュー」にも入ることが出来た。東京の街を鳥の目で見ることが出来、こちらは結構面白かった。死亡事故があったとはいえ、警備員と案内係の多いことに驚いた。

          
    東京六本木ヒルズ森ビル        installation 2004 草間彌生       installation 2004 草間彌生



 ’04年4月7日(水) 日生劇場にて『新・近松心中物語』を観劇

 この演目は以前明治座に観に行った。蜷川幸雄の演出、板東八十助(現板東三津五郎)・高橋恵子・大石継太・寺島しのぶ・などであったが、水に飛び込む場面があり、舞台の前面に設けられたプールから水しぶきがあがるので、前の方の座席の人は準備されていたビニールで水を避けていた。また、吹雪の場面では普通は舞台だけに紙吹雪を降らせるが、客席にも紙吹雪を降らせ劇場全体が吹雪で興奮の坩堝と化した。今回は新演出、新キャストで上演された。新演出とのことであったが前に観たときと対した変わりはなかった。

          近松門左衛門作品より   秋元 松代猛=脚本 蜷川 幸雄=演出
        出演者 阿部 寛、寺島 しのぶ、田辺 誠一、須藤 理彩、大石 継太、神保 共子 など
              




  ’04年3月31日(水) 世田谷美術館と砧公園

 砧公園の花見がてら世田谷美術館に小磯良平展を観に行った。小磯良平の作品は以前神戸の六甲アイランドにある神戸市立小磯記念美術館で沢山の油彩・デッサン・薬用植物画などをを観た。今回の展覧会は殆ど小磯記念美術館から借用したものであるが何点かは他の美術館などの所蔵品もあった。
行き帰りに砧公園を通ったが平日にもかかわらず満開の花見客で賑わっていた。

            
      着物の女           二人裸婦               東京・世田谷砧公園の桜




  ’04年3月17日(水) サントリー美術館

 東京元赤坂にあるサントリー美術館で行われている展覧会 歌を描く 絵を詠む 和歌と日本美術 を観に行った。万葉集や古今和歌集の「歌仙」の肖像と共にその名歌を書き添えた「歌仙絵」・屏風・貝合わせ・色紙・蒔絵硯箱・櫛などが展示されていたが、如何にせん教養が足りないので文字が読めない。国宝・重文などの作品であっても私とっては「猫に小判」「豚に真珠」ということである。



  ’04年3月10日(水) サントリーホールにてコンサート鑑賞

  中学校の教え子である指揮者山下一史君の招待で 〜ヴェローナの若き恋の物語〜 『ロメオとジュリエット』名曲コンサートを聴きにサントリーホールへ出掛けた。久し振りにサントリーホールへ行ったがホールのロビーもカラヤン広場に面している食べ物屋のテラス席も禁煙になっていて灰皿が無くなっていた。六本木通りからエスカレーターでカラヤン広場に上がっていったところにガラスで作られた仕切が出来ていた。森ビルの中はオフィスへ通じる入り口は時間によっては自由に入れないようになっていた。

  コンサートのプログラムは管弦楽曲・オペラのアリア・バレエといろいろあり席も前の方だったので演奏家や歌手・バレリーナなどの表情も良く分かり楽しめた。
   第一部 チャイコフスキー:幻想序曲『ロメオとジュリエット』
         バーンスタイン:ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』から「シンフォニック・ダンス」
   第二部 グノー:オペラ『ロメオとジュリエット』から
           ジュリエットのアリア「私は夢に生きたい」(第1幕) ソプラノ:高橋薫子(ジュリエット)
           ロメオのアリア「ああ太陽よ、昇れ」(第2幕)     テノ−ル:中鉢 聡(ロメオ)
           デュオ「結婚の夜」(第4幕)   ソプラノ:高橋薫子(ジュリエット) テノ−ル:中鉢 聡(ロメオ)
         プロコフィエフ:バレエ『ロメオとジュリエット』 op.64 から
           モンタギュー家とキャビュレット家
           ロメオとジュリエット バレエ:伊藤友季子(ジュリエット) バレエ:逸見智彦(ロメオ)
           マドリガル
           ガヴォット
           別れの前のロメオとジュリエット バレエ:伊藤友季子(ジュリエット) バレエ:逸見智彦(ロメオ)
                                                       振付:三谷泰三
    アンコール曲
         エルガー:『愛の挨拶』
         ヨハン・シュトラウスT:『ラデツキー行進曲』

                     指揮:山下一史   管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団



  ’04年3月7日(日) 新橋演舞場にて『坂本冬美特別公演』を観劇

 坂本冬美の大劇場復帰公演第一弾で、第一部はジェームス三木書き下ろし作品『気まぐれ道中』演出もジェームス三木、第二部は坂本冬美オンステージ『唄に恋して』であった。

 第一部『気まぐれ道中』
  江戸は深川門前仲町、お茶漬け屋「奈良屋」の住み込み女中お雪と田原藩息女 月姫の二役に挑みます。
 また貧乏絵師 仁斎に江守徹、三州田原藩藩主 田原宗義に安井昌二と舞台での存在感たっぷりの俳優陣が この作品を盛り上げる。さらにお雪に気のあるお茶漬け屋の甥 惣吉に坂上忍が扮する他、田原藩奥女中 芳  野に紅貴代、江戸家老 牧野主膳に石橋雅史、月姫の嫁ぎ先、信州高遠家の嫡男 正春に山下規介、傳役  (もりやく)志乃に樋田慶子、お茶漬け屋の主人 儀兵衛に江幡高志、その女房 お力に寺島信子、丁稚 豆松 に有輝知春と豪華な顔ぶれもそろい、見ごたえたっぷりの舞台で、笑いあり、涙あり、そして手に汗をにぎる場 面ありと見どころ盛だくさんの芝居であった。

 第二部『唄に恋して』
  坂本冬美オンステージで、新曲「気まぐれ道中」を始め、数々のヒット曲のオン・パレード。坂本冬美の魅力あ   ふれる歌声であった。



  ’04年2月25日(水) 日比谷「芸術座」にて
           喜劇『極楽町一丁目』 〜 嫁姑地獄篇 〜 を観劇

    
 極楽町一丁目に居を構える石橋家。主人は3年前、交通事故で帰らぬ人になり、残された家族、嫁の典子と姑秀子、そして一人息子大輔、がひとつ屋根の下で暮らしている。
 人生まだまだこれからと、チャレンジ精神旺盛で、家を留守がちな嫁が、姑は気に入らない。そして、連日くり広げられる嫁姑戦争に新たな火ダネが・・・・。
 息子が結婚相手を連れてきた。おまけに同居したいと言い出したのだ。「嫁」兼「姑」の典子に、平和な日々は訪れるのか!
 姑の秀子がアルツハイマーになり、その看病で嫁の典子も精神的に疲労困憊。実母が倒れたとの知らせで飲み屋を経営している母を訪ねる。そこで姑秀子がアルツハイマーになる前に典子に託した手紙を母から受け取る。それには毎日喧嘩が絶えなかったが、日常の生活で典子に感謝をしていた姑の本当の気持ちを知った。
     二階堂 正宏=原作 佐々木 猛=脚本 山田 孝行=演出
        出演者 浜 木綿子、赤木 春恵、池畑 慎之介、左 とん平、田中 美里、田村 亮、
              中本 工事、山下 規介 など
    この芝居は芸術座初演から大盛況で、大阪・名古屋と上演を重ね、今回は待望の凱旋公園であった。そう   いえば以前に見たことがある。最近は物忘れが進んで前に見たことも忘れてしまう。



  ’04年2月22日(日) 東京国立博物館 平成館

   亀山法皇700年御忌記念特別展 「南禅寺」
   
京都・鎌倉五山の上とされ、禅宗寺院最高の寺格を有する南禅寺の寺宝を公開

        
  重要文化財 ≪亀山法皇坐像≫    重要文化財 群虎図(部分)南禅寺本坊小方丈障壁画
 鎌倉時代・14世紀 京都・南禅院蔵    狩野探幽筆 江戸時代・17世紀 京都・南禅寺蔵

             
                    南禅寺 三門
  トピック
    南禅寺と石川五右衛門
  南禅寺といえば、正面にそびえ立つ三門が思い浮かぶかと思われます。高さは22メートルにおよび、そこに登 ると今でも京都の市中がよく見渡せます。寛永5年(1628)伊勢・伊賀の大名であった藤堂高虎が寄進したもので す。また、この三門が特に有名なのは、天下の大盗賊として知られる石川五右衛門が棲んでいたという言い伝  えがあるからです。歌舞伎の『楼門五三桐』にその話が見え、さらに五右衛門が楼上で大きな鬘に派手などてら 姿で太い煙管をくゆらせながら、「絶景かな、絶景かな」と大見得を切る場面が含まれます。これはもちろん史実 とは異なります(三門は五右衛門の死後に建立されました)が、この三門と五右衛門の組合せは絶妙といえるで しょう。



    ドイツ国立芸術展覧会ホール開催 「日本の美 日本の心」帰国展
     ボンで開催された東京国立博物館所蔵名品展「日本の美 日本の心」を展示

      
    重要文化財 伝源頼朝坐像        重要文化財≪風神雷神図屏風≫ 尾形光琳筆
     鎌倉時代・13〜14世紀                       東京国立博物館蔵
      東京国立博物館蔵

  昨年8月から10月まで、ドイツのボンにあるドイツ連邦共和国国立芸術展覧会ホールを会場に東京国立博物 館所蔵名品展「日本の美 日本の心」が開催され、その帰国展が開かれた。風神・雷神図屏風が展示されてい るというので覗いて見たら、俵屋宗達の絵ではなく尾形光琳の絵であった。尾形光琳が俵屋宗達の絵を手本に 描いたとのことこちらも大した物である。



  ’04年2月4日(水)丸の内シャンゼリゼにて
                 映画「ファインディング・ニモ」を鑑賞


 日本橋界隈を散策し「日本橋西川」にてベッドパット、ベッドシーツなどを購入、丸の内シャンゼリゼ(銀座)で「ファインディング・ニモ」を鑑賞、ソニービルでウインドウシュッピングする。 



 ’04年1月29日(木) Bunkamuraミュージアム 棟方志功展 

 Bunkamura ミュージアムは松濤美術館から10分ぐらいのところにあり、谷中安規展の次にハシゴして見た。棟方志功の作品を見るたびに、近視でありながら版木に這いつくばりながらあんなに精力的にたくさんの作品を描いたものだと感心する。

「生誕100年記念展 棟方志功 〜わだばゴッホになる〜」 
2003年11月22日(土)〜2004年2月1日(日)



この展覧会では、棟方志功の初期から晩年までの板画の代表作をたどってその足跡を振りかえるとともに、棟方志功の幅広い芸業の全貌を紹介しいる。板画、倭絵、油絵、書のほか、これまで公開されることのなかった代表作《釈迦十大弟子》の板木や画稿など、貴重な資料も出品されており、棟方志功のご子息で、棟方板画美術館館長の棟方令明氏の監修で、“世界のムナカタ”の生誕100年を記念するにふさわしい展示内容で開催していた。


 



 ’04年1月29日(木) 渋谷区立松濤美術館 谷中安規展 

たまたま見た、1/18放送のNHK「新日曜美術館」で紹介されていた、谷中安規さんの版画の世界。最初は俺でも描けると思って見ていたが次々と紹介される作品を見ていて何とも味のある版画に見入ってしまい展覧会に行きたくなった。渋谷区区立松濤美術館は65歳以上は無料でこれも嬉しい。


特別展

谷中安規の夢

     
  作品:「自画像」 1932年             わかれの宴(千葉五井の龍泉院回顧 3)

−シネマとカフェと怪奇のまぼろし−
会期 2003年12月9日(火)〜2004年2月1日(日)


谷中安規(たになかやすのり)は、白と黒の木版画によって幻想と怪奇の世界を創り出した非凡な作家で、1897年奈良県桜井市(長谷寺のそば)生まれ。版画家。永瀬義郎に師事。日本創作版画協会、日本版画協会から国画会に出品。特異な幻想をたたえる作品が多い。内田百間や佐藤春夫、堀口大学らの作家から援助を受けるが、生前は評価されず、戦後の1946年東京の焼け野原で栄養失調でひっそりと餓死した。作品は死後、再評価された。
本展では、約300点の版画、装幀・雑誌の挿絵、版木などを展示し、めくるめくアンキ・ワールドの魅力を紹介されていた。

上右の作品、「わかれの宴」を見たとき最初は、戦争で出征するときの別れの宴を描いたものと思って見ていた。説明を読んでいくうち、これは谷中が友達の家(千葉五井の龍泉院)に居候していたとき、その友達の妹に恋をしたが失恋していまった。その心を癒すため、夜毎本堂で踊り狂っていた。夜毎踊っている谷中に困った友達は家を出て行って欲しいと何回も別れの宴をした。こんなエピソードが書かれていた。



 ’04年1月24日(土) 東京オペラシティ アートギャラリー  
  チケットが手に入ったので、映像による建築を見に行った。いろんなデザインの建築を見るとなかなか
  面白いが実際のところ使用して便利に出来ているのかどうか、ただ、建築家だけが満足しているので
  なければ良いが。
 
 1.[企画展]ジャン・ヌーベル展(ギャラリー1&2)
   「映像的な建築」あるいは Vanishing Architecture(消失する建築)
    世界が大注目の建築家:ジャン・ヌーベル アジア初の本格的な展覧会!
 2.[収蔵品展]建築の見える風景(ギャラリー3&4)
 3.[project N]project N15 牧谷光恵(4Fコリドール)



 ’04年1月4日(日)  桜井明弘ライブコンサート 
                            吉祥寺「Be・Point」  

  弘子さんの知り合いの桜井明弘氏のライブコンサートを聴きに吉祥寺の「ライブハウスBe・Point」に
  行った。
  なぎら健壱のバックをやっている「Aサーキット」も出演し、ギターの演奏はさすがプロであった。
  コーヒールンバの演奏は知っている曲でもあり感動した。

1月4日(桜井が関係したもの)@吉祥寺「Be・Point」
 1.日の出づる神国
 2.風景
 3.ピンナップ・ベイビー・ブルース
 4.キネマの屋根裏
 5.季節の隙間にしゃがみ込んで
 6.YOKOHAMAホンキートンク・ブルース
 7.セントジェームス病院
 8.ギラギラしているぜ!

1.2は弾き語り・3〜8は藤川栄治(D)・山下政一(B)・藤井良彦(G)、7は衣山悦子(TB)が参加。

Aサーキットのアンコール
 1.愛の絆
 2.永遠の絆
Aサーキット・桜井明弘バンド・寒空はだか等が参加







 「アカイヌ山荘」滞在

       ’04・11・22 〜 ’04・11・25  「昼のふくろう」でカレンダー購入
                            庭の紫陽花の剪定・宿根草の刈り込み
                            細川金物店にて、脚立・籠・手箕・薪(20把)・支柱を購入
       ’05・ 4・25 〜 ’05・ 4・30  山荘点検 台所混合水栓破損
       ’05・ 5・16 〜 ’05・ 5・19  台所混合水栓修理点検、外構工事の打合せ、三分一湧水
                            館とギャラリー「昼のふくろう」を訪問
       ’05・ 5・30 〜 ’05・ 6・ 2  ミヨシペレニアルガーデンにて花の苗購入、植え付け
       ’05・ 7・12 〜 ’05・ 7・14  フィンランド旅行のため、1ヶ月以上行っていなかったので
                            様子を見に行った。初夏に咲く花は咲き終わり雑草が繁茂
                            していた。裏の菜園に植えていた、ミニトマト、なす、唐辛
                            子、ピーマン、カボチャなどは枯れないで育っていた。茄子
                            は2つ、ピーマンは1つ、ミニトマトは沢山なっていた。それ
                            ぞれの苗に花が沢山咲いていたのでこれから実だろう。カ
                            ボチャは蔓が伸び黄色い大きな花を咲かせていた。庭の
                            雑草取りに1日費やし、ブルーベリーの木に巣を作ってい
                            た蜂と戦いになり3カ所刺された。強烈な痛さで毒を搾り取
                            り虫さされに効く薬を塗った。隣の奥さんがアロエの汁を付
                            けると良いと言って呉れたので付けた。大きく腫れないで治
                            まった。
       ’05・ 7・24〜 ’05・ 7・26  安曇野・白馬旅行の帰りに滞在、台風が東海・関東を直撃
                            するとの予報のため、26日午前中に小屋を出発する。
                           小宮山さんが小淵沢駅まで送って呉れた。案の定午後は
                           中央線の特急はすべて運休となった。
       ’05・ 8・ 2〜 ’05・ 8・ 3  車の引き取りのため滞在。ミニトマト、ブルーベリーを収穫。
       ’05・ 8・ 8〜 ’05・ 8・11  車の運転練習・ガソリンの補給(\130/l)。
                            植木・野菜を支える棒、肥料、蚊取り線香など購入。
                           ミニトマト、ブルーベリーの収穫。庭の花などの手入れ。
       ’05・ 9・ 5〜 ’05・ 9・ 9 台風14号の接近にも拘わらず行く。整地中の土地より檀香
                           梅2株とイチヤクソウ(一薬草)を少々山荘庭に移植。



       ’05・ 3・ 9               Barbar
       ’05・ 4・15
       ’05・ 5・27
       ’05・ 6・16
       ’05・ 7・28
       ’05・ 9・10